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『ゴジラ-1.0』視覚効果賞の背景にある「米VFX業界の闇」とは? 日米アカデミー賞を振り返る

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Waxwork Records公式Instagramより

 3月中旬に発表された第96回アカデミー賞の話題を独占したのは、日本でも現在公開中の『オッペンハイマー』。下馬評通り、7部門を制覇した。

 当初は、全米では『オッペンハイマー』と同時期に公開されて人気を博した『バービー』との対決が予想されたものの、『バービー』のノミネートは6部門にとどまり(『オッペンハイマー』は最多の13部門)、最終的に歌曲賞を受賞するのみという結果に。

 『オッペンハイマー』には強力なライバルがいなかった上に、作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞と主要6部門中4部門を手にしたとあって盛り上がりに欠けたとも言われる今年のアカデミー賞だが、日本のマスメディア的に大きく盛り上がったのは、なんといってもアジア映画として初めて視覚効果賞に輝いた『ゴジラ-1.0』だ。

 山崎貴監督が作品のSFXも担当しており、「監督でありながら視覚効果部門も受賞した」のは『2001年宇宙の旅』(68年)のスタンリー・キューブリック以来、55年ぶりの「快挙」だったわけだが、『ゴジラ-1.0』の受賞もほぼ予想通りだった。

 というのも、近年のアカデミー協会員は技術系の若い会員が増えているのだが、彼らは大金を投じたハリウッド製SFXより、わずか十数億円の 『ゴジラ-1.0』に度肝を抜かれたからだ。

 視覚効果賞を 『ゴジラ-1.0』と争った『ザ・クリエイター/創造者』『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』『ナポレオン』といった作品は、どれもこれも製作費300億円越えの超大作。しかしこうした超大作は、製作に未曾有の大金を投じながらも、入札制度で安く競り落とされた現場には金がまともに下りず、クリエイターは低賃金の上にリテイクの嵐で残業させられる(もちろんギャラは同じ)という問題を抱えている。

 リテイクが繰り返される原因は、監督がCGの技術的な問題を理解していない点にあると言われている。VFXは膨大な計算の上に成り立っているのだが、そのことを理解していない人間は簡単に何度でもやり直せるのだろうと思いがちで、彼らは全部出来上がってから「思っていたのと違う」「もっとクオリティを上げて」と安易にリテイクを要求する。しかしVFXスタッフからすれば「最初、もしくは途中の時点で言ってくれ!」となる。そんなやり取りが延々と繰り返され、金と時間が無駄に消えていくのだ。

 そんなVFX現場の苦労を象徴する出来事が、2012年公開の映画『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』で起こった。巨大な虎をはじめとする動物たちや海、魚、楽園の映像が素晴らしいこの映画は翌年の第85回アカデミー賞で視覚効果賞を受賞したが、CGを制作したリズム&ヒューズ・スタジオは受賞式の11日前に倒産してしまった。アン・リー監督の要望どおりにCGは延々とリテイクが繰り返され、製作は予定より20カ月もオーバー。予算も3000万ドルほど超過したが、スタジオ側が負担せざるを得なかった。

 そして受賞式。VFXスーパーバイザーを務めたビル・ウェステンホッファーはスピーチで現場の大変な苦労を少しでもわかってもらおうとしたが、関係者への謝辞を述べ始めて44秒後には『ジョーズ』の音楽が流れ始め、スタジオの資金問題に触れようとしたところ音楽が大ボリュームになり、強引にスピーチを打ち切るという妨害に遭った。一方で監督賞に輝いたリー監督のスピーチは2分以上の時間を与えられた上に、多くの人へ感謝の言葉を並べてもなぜかVFXクリエイターへの言及はなし。さらに業界紙からスタジオの倒産について質問された際、「VFXがもっと安く出来て、制作会社にとってももっと楽な仕事だったらいいんだけど」などと他人事のような発言をしたことで、解雇されたスタッフはおろかVFX業界全体の怒りを買い、抗議運動に発展。400人以上の関係者がハリウッドの目抜き通りをデモ行進する事態となった。

 『ゴジラ-1.0』が(ハリウッドから比べれば)安価で済んだのは、山崎監督がCG畑の出身であり、クオリティを維持するためにどれだけの時間と予算が必要かを何より理解していたからだろう。実際、公式YouTubeチャンネルに公開されたVFX制作の裏側を説明する映像では、VFXスーパーバイザーを兼任する山崎監督が現場のクリエイターと直接やりとりを取り、さらに映像が出来たらすぐに監督がチェックをするというやり方でとにかく無駄な労力を省くといった“工夫”を積み重ね、低予算であの映像を実現させたと語っている。

 今回の受賞結果は、山崎貴のような現場を理解している人がハリウッドに増えてくれればいいのに……というVFXアーティストたちの期待が込められた組織票だったのかも知れない!?

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