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アーティストを特別視せず、芸能人の恋愛も祝福する――タイエンタメの独自カルチャーに迫る

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『CAT EXPO 10』の様子(著者撮影)

 近年のカルチャーシーンではアジア間の交流がますます盛り上がりを見せている。アジアをルーツに持つアーティスト同士のコラボレーション、またインターナショナルフェスが積極的に開催されるとともに、YOASOBIや藤井風、Perfumeらトップアーティストたちがアジアツアーを敢行するなどJ-POPのアジア進出もさかんとなっている。

 そんななか、いま“カルチャーの熱源”となりつつあるのが、タイだ。毎年夏の恒例となっている都市型音楽フェス『サマーソニック』は2024年、初の海外進出先として『サマーソニック・バンコク』の開催を決定。タイBLブームが日本でも旋風を巻き起こすとともに、タイのポップス=T-POPが“ネクストK-POP”と称され始めている。

 いち早くタイをグローバルマーケットの中心に据えていたエンターテインメント企業のひとつに、EXILEらを擁するLDH JAPANがある。2022年よりタイを拠点としたアジア進出を開始していたLDHは、タイの音楽レーベル「HIGH CLOUD ENTERTAINMENT」とパートナーシップを結び、自社グループのBALLISTIK BOYZとPSYCHIC FEVERが半年間にわたりバンコクで活動するプロジェクトを敢行していた。

 LDHがタイに活動拠点を置いたのは、Z世代の人口比率が高く、エンタテインメント市場の拡大が著しい東南アジアのマーケット開拓が最大の理由だと推測できる。2024年2月に放送された『アナザースカイ』(日本テレビ)内でバンコクを訪れたLDH社長のEXILE HIRO氏は、新型コロナの影響で欧米市場からの撤退を決断し、新たな海外進出戦略の舞台としてアジア市場を選択した経緯を語るなかで、新天地となるタイについて「すごい音楽とかエンターテインメントに寛容な国」とコメントしていた。

 HIRO氏が語るところの「寛容」さ──これは、筆者も昨年末に訪れたバンコクの野外音楽フェス『CAT EXPO 10』を通じて感じていたところだ。同時に、その正体をひも解くことで、人々がタイを“カルチャーの発信地”としてまなざしている精神的な背景が見えてくるのではないかとも考えた。

タイのフェスではアーティストが歩き回っていても、パニックは起こらない

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『CAT EXPO 10』の様子(撮影:山麓園太郎氏)

 タイの音楽専門Webラジオ局「Cat Radio」が主催する『CAT EXPO』。バンコク郊外にある稼働していない遊園地を貸し切り、2日間にわたって開催される大型の野外音楽イベントだ。

 巨大ショッピングモールがそびえ立つ会場の近郊には、先日、都心部へアクセスできる鉄道が開通されたばかり。バンコク市街地にもここ数年で多くの商業施設が建設され、鉄道網が広がるなど、経済が上向いているさまが町の様子からも見てとれた。

 会場に到着してまず印象に残ったのは、そこにいるほとんどが10~20代前半という、若く活気あふれる光景。さらに、夕方になるとカップルや子ども連れ家族の姿が増える。飲食スペースにふらりと立ち寄り夕飯をとって帰るような来場者も多く、その気兼ねなさはまるで地元の夏祭りのよう。“おひとりさま中高年の祭典”と揶揄されるような日本での音楽フェスと全く違う様相が、新鮮に映った。

 そして最も驚いたのは、アーティストとファンとの距離感だ。バンコク市街地の広告なども飾る著名なミュージシャンや人気アイドルたちが、自ら会場の物販ブースに立ち、グッズを手売りしながらファンとのツーショットに応じているだけでなく、来場者に紛れて飲食ブースを練り歩いている。中には、マネージャーや警備スタッフの付き添いなしに屋台の列へ並んでいるアイドルグループのメンバーさえいた。

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物販エリアを歩いていた「ラストアイドル・タイランド」のメンバー。この後、ファンの声援を受けながら大きなステージでパフォーマンスするアーティストとは思えぬほど気さくだった(以下すべて著者撮影)

 もしも同じ状況が日本で生まれていたら、ファンが殺到して混乱を呼ぶことは想像に難くない。しかしタイでは一般的なことらしく、“推し”に遭遇したファンが「後でステージ見に行くね!」と声をかけて立ち去っていく光景をよく目にした。

 こうした状況は、大衆とスターとの関係性が日本と大きく違っていることを表しているのではないか。そう考え、まずは来場者の数組に話を聞いてみた。「会場内にアーティストがいてもなぜ平然としていられるのか、なぜ会場がパニックにならないと思うか」を尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。

私たちもそうですが、みんながここに来た理由はあくまで“音楽を楽しみたいから”で、アーティストに会うためではないから。ライブや音楽フェスってそういう場所だと思うし、そういう気持ちを持つことは私にとっても、他の人たちのためにとっても大切なことです」(来場者A)

タイでは、アーティストがモールでも街中でもよくライブをしているし、ファンとも普通に話をするから、特別視する対象ではないんです。それと、たぶん大多数の人が、アーティスト自身よりも音楽のほうに重きを置いています。

 もちろんアーティストの人となりも好きですが、音楽、パフォーマンス、アートワークといった様々な作品要素の中に、人間性も含まれるという考えです。そして最も重要なのは、有名人であってもプライバシーを侵害されるべきではないし、みんなでそれを尊重すべきだということですね」(来場者B)

なんでパニックになるのかが、逆にわからない。みんなが僕らと同じように、ここへ来て楽しもうとしているじゃないですか。それを実現させるためには、アーティストにも、ほかの観客にもリスペクトを持つことが何より大切ですよね」(来場者C)

特にアイドルに関しては年齢が若いメンバーが多いので、みんなで安全を守って大切にするのは当たり前だと思います」(来場者D)

>> P2「音楽はみんなのもの」「アーティストは身近で“会える”存在」 タイの独自事情

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取材に応じてくれた来場者たち
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取材に応じてくれた来場者たち
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取材に応じてくれた来場者たち

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