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将軍と忍者が2024年に世界を席巻! 『SHOGUN 将軍』『忍びの家 House of Ninjas』ヒットの背景

現代における忍者を描いた『忍びの家』にはホームドラマやコメディの要素も

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Netflixシリーズ『忍びの家 House of Ninjas』独占配信中

 『忍びの家』は、忍者の流派である服部一族の末裔=俵家を描く。現代日本を生きる俵家は、世間から身分を隠して暮らしながら、政府の依頼を受けて表に出せない闇の仕事を請け負っていた。しかし、ある任務の最中に長男・岳(高良健吾)が死んでしまったことをきっかけに、俵家は忍者であることを捨てて普通の家族として暮らそうとするが……という物語だ。

 一家の主・壮一(江口洋介)は「世を忍ぶ仮の姿」である家業の酒蔵を経営するも立ち行かず、鬱憤が溜まる母の陽子(木村多江)は忍びの技で万引き(笑)を繰り返す。兄を慕っていた長女・凪(蒔田彩珠)は心を閉ざし、兄を殺した相手を優しさ故に見逃してしまった次男・晴(賀来賢人)は罪を背負いながら忍者の一族を嫌がり、禁じられていた肉料理(牛丼)をこっそり食べ、牛丼屋で出会う女性・可憐(吉岡里帆)に恋い焦がれる。

 すでに一家はバラバラだが、ある殺人事件をきっかけに俵家に再び忍びの仕事の依頼が舞い込むことに。忍者の一族を統括する文化庁忍者管理局(BNM)の局長・浜島(田口トモロヲ)は「忍者であることをやめられると思うな」と命令を下す。殺人事件の背後には新興宗教の影が見え隠れし、密かに事件の調査をしていた可憐は教祖の辻岡(山田孝之)に接触を試みる。可憐を手助けしようとした晴は、辻岡の正体が、兄を殺した男であり、俵家と対立する風魔一族の当主・小太郎であることを知る。

 忍者モノの定番「服部vs風魔」の対立が軸になっているが、物語は単純な勧善懲悪に収まらない。ホームドラマやコメディの要素を含んでいるからだ。

 祖母のタキ(宮本信子)はかつては凄腕のクノイチであったようだが、今では飄々とし過ぎていてつかみどころがなく、“肉の匂いがすると隠密行為に差し支える”という理由で家族に禁じた肉食を「わたしは隠居したから」と言って平然と破り、ハンバーガーを食らう。

 春が想いを寄せる可憐の正体はある殺人事件を調査する雑誌記者だが、その雑誌は「ムー」! 彼女は晴の正体が忍者と知って驚く。つまり現代における忍者は、ネッシーやツチノコ、ヒバゴンなんかと同じ正体不明の生物という扱いなわけだ。

 長女の凪は、自身の承認欲求を満たすために博物館の秘宝を窃盗しては元に戻すという行為を繰り返す。その窃盗事件を捜査する刑事・尾身(ピエール瀧)は忍者の存在を知ってしまったために犯人の濡れ衣を着せられ、眠ったまま全裸で補導される!(股間に秘宝が置かれた状態で) ピエール瀧お得意の全裸パフォーマンスに笑いを禁じ得ない。

 母の陽子は、夫の壮一に秘密でBNMの依頼を受け、家を空けがちになるのだが、壮一は妻の不倫を疑って気が気ではなくなってしまう。しかも陽子は依頼のために近付いた婚活パーティの男とデート中! 壮一は壮一で、酒蔵の若い女性新入社員にメロメロというありさま。

 行動を共にする晴と可憐は、つかず離れずのもどかしい恋愛にうつつを抜かしていたが、新興宗教が大規模なテロを仕掛けようとしていることを知って右往左往。ホームドラマやうわついた恋愛ドラマの奥で国家規模の陰謀が進行しているという、このギャップよ!

 さらに背後ではもうひとつの重要なテーマが進行する。

 俵家=服部の一族は政府に仕える忍びであり、一度下された命は必ず遂行する。そこに善悪の基準はない。主君の命令に常に忠実であることを求められ、自由な判断などできない。政府のスキャンダルを覆い隠すために人を殺めてきた俵家は、結果、長男を失う。そんな俵家に対し、風魔は「腐敗した政府に従うのが正義なのか?」と問いかけ、政府打倒のために手を組めと呼びかける。

 現実の服部一族は将軍家に仕え、江戸幕府を影で支えてきたとされる。一方、北条家に召し抱えられた風魔一族は、北条の没落とともに滅んでいったと一般に考えられている。体制に屈した風魔が体制を打倒しようとし、新興宗教を利用して若者を引き込み「憲法改正」を目論むという『忍びの家』の設定は、今の日本で起きている社会の閉塞感や憲法改正の動きとはまったく違うものではあるものの、ある種のリアルさがある。

 体制と結びついて生きてきた俵家が滅びを迎えようとするさまは、古き良き時代が失われようとしている現代社会の縮図ともいえる。日本製のドラマにはこのような現代社会の問題を提起するような作品は数少ない。『万引き家族』(18年)が日本の貧困問題をクローズアップしてカンヌのパルム・ドールを受賞しても、TVドラマや映画の世界では現実社会の問題とは無縁の作品ばかりが並んできた。

 原案・エグゼクティブプロデューサーも兼任した主演の賀来賢人は、まさにそうした「現代社会とは無縁」のコメディや原作付き作品の実写化で活躍してきた俳優だが、コロナ渦に監督・村尾嘉昭らと作った企画書をNetflixに持ち込み、3年半をかけて映像化に成功。その最中には長年所属していた大手事務所からの独立もしているが、“コメディ俳優”のイメージは世を忍ぶ仮の姿だったのかといわんばかりの巧みな演技を見せている。

 脚本・監督として名を連ねたデイヴ・ボイルはアメリカのインディペンデント映画でアジア人スタッフや俳優と仕事をしてきた人物で、井浦新が初主演する米映画『東京カウボーイ』(6月公開)でも脚本としてクレジットされている。

 日米双方から見た「現代日本社会の縮図」を日本人ですら実態がよくわかっていない「忍者」をモチーフにして描いた意欲作『忍びの家』は多くの謎をはらんだまま終わっているためシーズン2の制作に期待が寄せられる。

 最大の謎は藤谷文子だ。藤谷文子は全話に出演者としてクレジットされているが、一体どこに出ているのか、さっぱりわからないのだ。デイヴ・ボイルの作品に藤谷文子は共同制作者や俳優として多々参加している関係ではあるのだが……(先述の『東京カウボーイ』もボイルと藤谷の共同脚本だ)。そのボイルもSNSで「藤谷文子はまさに最高の忍びだ」としてぼやかしているぐらい。忍んでいるからどこに出ているのかわからないのも当然!?

かつての「ショーグン」「忍者」ブームとの違い

 「ショーグン」「忍者」ブームから時を経て、この2024年に同時期に『SHOGUN 将軍』と『忍びの家』が共にヒットしているわけだが、かつてのブームとの大きな違いは、日本人ないし日本に理解のあるスタッフが制作の中心にいるところだろう。

 かつては、アメリカ人スタッフによるデタラメな日本感がまかり通っていた。だが『SHOGUN 将軍』では真田広之がプロデューサーとしても参画し、日本文化が正しく伝わるよう監修。衣擦れの音ひとつすら違和感のないようにしようとサウンド・エフェクト面にも意見を出した。

 今から20年ほど前、『ラスト・サムライ』(03年)のプロモーションでアメリカのTVに出演した真田は、何度指摘してもアメリカ人司会者が日本刀の刃と峰を逆に向けて持ってしまうのに苦笑していたが、当然『SHOGUN 将軍』では誰も間違わない。

 『忍びの家』では、日本のスタッフと、日本に理解のあるデイヴ・ボイルが組み、不況の国・日本の現実を「スーパーヒーロー(忍者)なのに自販機の補充作業を夜遅くまでやっている」という形でうまく見せている。

 中世日本を舞台にした『SHOGUN 将軍』、現代日本を舞台にした『忍びの家』という2つのフィクションを通じて、世界は「本当の日本の姿」の一端を知ることができる。だからこそ視聴者の興味をそそり、人気を得ているとも言えるだろう。『燃えよNINJA』や『ラスト・サムライ』『キル・ビル』で描かれた「日本感」はデタラメだったのだと気づく時が来たのだ……。

しばりやトーマス(映画ライター)

しばりやトーマス(映画ライター)

関西を中心に活動するフリーの映画面白コメンテイター。どうでもいい時事ネタを収集する企画「地下ニュースグランプリ」主催。

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